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相談役 大坪久泰
相談役 大坪 久泰

自分の意見を堂々と言える、答えのない課題に答えを導き出す情熱と勇気をもつ、
先の見えない時代に求められる人材を育てる大学です。
国際社会そして教育界に貢献したい、熱い思いと高い志をもつ方を歓迎します。

2018.02.22

「小学生に英語」に関連して(2)

 藤原先生の文章の中に、はっきりと現在の年齢が85歳以上の方々には教養があるが、それ以下の人たちには教養が欠けると述べてあります。それは85歳以上の方々には日本では教育制度上、旧姓高等学校に行くことができ、受験勉強に煩わされずに3年間じっくりと教養を積む時間があったからということです。そのような教育制度がなくなったことについては私も惜しいと思う者の一人ですが、現在は本学のようなリベラル・アーツの大学を利用することができます。アメリカの底力の一つは600校以上存在するリベラル・アーツ大学です。それに比べて日本では実務教育や即戦力になる人材を育成する実学が尊重される風潮があります。平成27年に文部科学大臣が国立大学の学長らに組織の見直しを求める通知が出され、教員養成系と人文社会科学系の学部・大学院について組織の見直しを求めた所謂「文系不要論」がありました。しかし、経団連の声明には産業界の求める人材像はその対極にあると述べられ、安堵したのを覚えています。文部科学省は少子化に伴って教員養成学部を再編してほしいというのが真意だと弁解しました。しかし、真意は実学系の学部を増やしてほしいという考えには変わりはないようです。

 欧米諸国では医師や法律家などの高度知識職業人(プロフェッショナル)になるためには先ずリベラル・アーツ大学で学士課程を終える必要があると聞いています。そこが日本の高等教育の底が浅い点だとかねがねから思っています。最近では文部科学省が専門職大学を増やすことを計画しているとも聞いています。教養教育を軽視すると、それこそ国滅ぶと思います。

 外国語に対する考えも軽薄です。外国語がペラペラだとか、外国語が堪能な人を英語屋、ただの通訳などとやや蔑視した風潮があるのではないでしょうか。

 私たちが知っているエドワード・サイデンステッカー、ドナルド・キーン、ロバート・キャンベル先生たちの日本語の造詣の深さには計り知れないものがあります。このような優れた人たちを例に出すのは一般的ではありませんが、私が述べたいのは、国語は当然、言語の範囲の中にあるので、人間の知的活動あるいは文化そのものを意味するものであるということです。

 外国語(今の場合は英語ですが)学習は外国語が使えるようになるという技術論ではないのです。藤原氏は自ら自分は幼い頃から英語学習はしなかったけれどもペラペラだと述べています。アメリカやイギリスに留学されたり、働かれたりした経験や生来の言語能力から英語力を身につけられたことは容易に想像できますが、ペラペラというのは軽く、そして俗な表現だと思います。ペラペラというのは上手だという技術を意味しています。外国語教育は言語教育の一環であって、単なる技術習得ではありません。その証拠に日本語を母語とする私たちは日本語がペラペラだとは言いません。強いて言うならば言語力があるというでしょう。私の知る限り、日本人で英語に限らず外国語に興味を持っている人の国語力(日本語力)は例外なく優れています。手紙やメールを見るとすぐ分かります。文章が歴然と違います。語彙が豊富で、長い文章を書くことができるのも特徴です。もちろん外国語ができなくても国語力を備えた人はいます。しかし、例えば、日本語の大家と言われる森鴎外、夏目漱石、谷崎潤一郎、丸谷才一といった人たちの外国語力のレベルは群を抜いて高いのです。

 もうひとつ、藤原先生は大まかに言って85歳以上の人たちの知的水準は高いと言われますが、私は現在政治家などで知的活動をしておられる人たちの知的水準は明らかに古い人達よりもレベルが高くなっていると感じています。国際的な舞台で、最近のリーダーになっている政治家は堂々と英語で演説ができますし、外国の文化人とも堂々と渡り合えます。知的水準が決して劣るというようなことはありません。昔の大半の英語教師は英語で話をすることができませんでしたが、現在の英語教師の多くは英語で話をすることができるようになりました。

 旧制高等学校の出身者は戦前のエリートです。優れた人たちであったことは認めますが、ある種の特権階級であったことも事実です。アメリカのエスタブリッシュメントに似た優越意識はなかったでしょうか。リベラル・アーツ教育は庶民の高等教育であるべきです。社会には高度の知的エリートが必要であることは認めますが、知的エリートと言われる人たちは収入の多い職業に関心を持ち、その方向に進みます。そして優越意識を持っていて利己的な考えを持つ人が多いと思います。実際、収入の多い職業につけるからです。しかし、社会を支えているのは中堅の知的庶民です。その人たちが教養があり、外国語ができ、その上、国際的な視野を備えているならば、素晴らしいことです。こういう人たちが社会の中心になるからです。このような人材が増えていくことを祈ってやみません。