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2019.08.09

高等教育での語学教育(2)

 前回に引き続き、IDE現代の高等教育No.611 2019年6月号「語学教育再考」に寄稿された方々の寄稿文の要約を私の所感を交えながら紹介します。

語学教育再考(桜美林大学 特別招聘教授 佐藤禎一)

 同じ標題の寄稿が2つ続きます。まず、佐藤禎一氏です。佐藤氏は長い間文部科学省に勤務された文部官僚で、文部省事務次官やユネスコ代表部特命全権大使などを経験されています。「文化と国際法」が専門分野です。私はよく理解できませんが、法学部出身ですから、法的な観点から文化の国際交流を考えておられたのではないでしょうか。

 この寄稿文は新しい語学教育の提唱ではなく、我が国の高等教育における語学教育がいかなる歴史的過程を踏んで今日に至っているか、そしてどのようなことを考えなければならないかを説いた文章です。

・戦後の大学改革は、新学制全体を通じての機会均等と、6-3・3-4という初等教育から積み上げた教育システムを構築するという二つの理念を持っていた。

・高等教育における語学の役割については、人文主義的な語学教育観だけではなく、コミュニケーション能力が重視されるようになってきた。

・帝国大学発足時の外国語教育の事情はつまびらかではない。東大・京大において外国語で授業が行われていたというが資料はない。(この記述は中山茂著「帝国大学の誕生」中公新書491の記述や天野郁夫氏の著書の記述とは矛盾します。真偽は不明です。中山氏、天野氏は帝国大学発足時に外国人招聘教授が英語で授業をしたと記述しています。日本人教授には意味をなさない英語で授業をした人もいたことが述べてあります)。

・日本に大学が誕生した頃、東京においても関西においてもおびただしい数の外国語学校があり、次第に制度化が進んだ。しかし、大学において外国語教育を行うことはなかった。

・大学の予備教育機関、後の旧制高等学校では外国語教育が充実し、平均して1/3程度の時間が外国語教育に割かれていた。

・終戦直後には学制改革とも関連し、高等教育が狭い専門分野に偏し過ぎているとし、普通教育の充実を求められたが、外国語教育については、第1次米国教育使節団から「国際間の交通及び理解のために、この時期において明らかに外国語教育が重要である。外国文学の研究は望ましいことであるが、話したり書いたりするための実際的な言葉の使用も、強調されるべきであろう。」と指導された。

・幾多の変遷があったが、大学の卒業要件124単位では十分な専門教育ができない、という声に押されて、外国語、一般教育は時間の確保に苦労するようになった。

・最近の社会・経済の急速な変転により、実務的な語学能力の向上を求める声が極めて大きくなっている。特に経済活動ではリンガ・フランカ(共通語)としての英語は道具として身に供えなければならなくなった。このことは経済界からの要請であり、内閣府の各種諮問機関会議でも指摘されている。

・平成29(2017)年の調査によれば、日本の中学・高校生の英語力はアジア諸国の中でも低い方である。

・平成30(2018)年の「学校教育に対する保護者の意識調査」によれば、8割以上の保護者が子どもの英語力に力を入れる必要性を感じていると回答している。英語を使う活動を小学校3年生から必修にすることには約8割が賛成している。

 最後に、IDE No.581, 2016年 6月の安西裕一郎(元慶應義塾塾長)氏の寄稿文を引用して、

・日本と世界の歴史を十分に理解する素養と、現実の世界の動向を膚で感じ取ることのできる感受性をもたねばならない。

・これらを通じて深い歴史観と世界観を養うとともに、それを自らの判断基準にすることのできる主体性をもたねばならないと結んであります。

 語学教育とは直接には関係がないようですが、語学教育の枠だけでは収まりきれない教育・学習活動の変容について、大きな目でみた熟慮が求められる時代のようであるという見解です。

 

語学教育再考(上智大学 言語教育研究センター長 吉田研作)

  吉田氏は小学校までアメリカ、カナダで生活して帰国された、言わば帰国子女の最初の頃の方で、英語教育の上智大学の名を高められた著名な応用言語学者です。吉田氏は文部科学省の学習指導要領(英語)にも大きな影響力を持っておられる実力者だと思います。

・書き出しは、吉田氏が経験された中学生、高校生の頃の英語の授業では文法を徹底的に教えられ、そのための教授法は英文和訳で、文法規則を正しく理解しているかどうかは訳読を通して確かめた。しかし、1964年の東京オリンピック、1970年の万博を契機に実践的なコミュニケーションのための英語教育の重要性が高まった。

・しかし、1947年(戦後2年目)の学習指導要領の試案には、1. 英語で考える習慣を作る。2. 英語の聴き方と話し方を学ぶ。3. 英語の読み方と書き方を学ぶ。4. 英語を話す国民、特にその風俗習慣および日常生活について知ることとなっている。

・つまり、70年以上前から訳読が英語教育の目的ではなかった。

・しかし、高度成長期以前の英語教育では、4技能(読み,書き、聴き、話す)と基礎文法が強調され、それを用いて母語として話している国民を理解するという目的が設定されていた。

・その後、1970年に施行された高等学校学習指導要領では、外国語を理解することと同時に自分の考えを表現する能力の重要性が併記された。つまり、コミュニケーションの基礎的概念に力点が移った。

・2002年と2003年施行の学習指導要領の改訂では中高における外国語教育が第1外国語としても第2外国語としても学べることが明記された。

・大学の場合、1960年の大学設置基準で第1外国語としても第2外国語の履修に関する記述が加えられたが、大綱化以降は、大学や学部によっては第2外国語の履修が必ずしも必要ではなくなった。

・今後のグローバル社会を生き抜くには、英語だけでは難しいだろう。とくに、アジアの一員としての日本人は、アジアの他に言語を学ぶ必要がある。

最後に、ネルソン・マンデラ氏の言葉が引用されています。

 “If you talk to a man in a language he understands, that goes to his head. If you talk to him in his language, that goes to his heart.” (もし、ある人に彼が理解する言葉で話せば、頭で理解するだろう。もし、ある人に彼が使う言葉で話せば、心に響くだろう)。

 ・「心と心のコミュニケーション」ができるようになる必要がある。

と結んであります。