創始者ブログ FOUNDER'S BLOG

2017.01.19

リベラル・アーツか専門か?(3)

 前回に引き続き「池上彰の教養のススメ」について紹介します。


 


 今回は池上先生と東京工業大学リベラルアーツセンター長の桑子敏雄先生との対談です。思いがけないことに、本学教育学部の相戸晴子先生は桑子先生とは直接のお知り合いなのだそうです。桑子先生が度々宮崎に見えて相戸先生は会合などでお会いになるとのことです。色々とご縁があるものです。It’s a small world, isn’t it?


 


 桑子先生はギリシャ哲学が専門の哲学者です。対談では池上先生が聞き役で、桑子先生が「社会的合意形成」の実践について話されています。哲学はリベラル・アーツの基幹的な学問分野ですが、理念的なものであっても、社会活動の実践とはかけ離れた分野のように何となく私は思っていました。しかし、今から紹介する哲学者桑子先生の活動は実際的です。驚きました。私たちの日常的な生活や仕事にも応用できる知的な技術だったのです。


 


 まず「社会的合意形成」とはどういうことかから話は始まります。桑子先生によると「哲学」の力で、社会の争いを治め、よい方向にみんなを導く手法であるとのことです。たとえば、川の自然環境を保全しつつ、防災対応をする。みんなが大切にしている郊外の森を守りながら、近隣の道路を整備する。自然保護と開発といった、二項対立に陥りそうな案件を「より創造的な方向に」うまく軟着陸させて、プロジェクトを前に進める。そのとき必要な「すすめ方」を社会的合意形成と呼ぶそうです。合意形成というからには「合意のない状態」があります。「合意のない状態」とは、ひとびとの意見が一致していない。あるいは対立している状態で、悪化すると深刻な争い、訴訟、紛争、戦争などになります。家庭内や企業内などの揉めごとはさておき、一般に社会においては対立する当事者の範囲が明確ではないことがしばしばあり、「社会的合意形成」と言っても、ここからここまでが一つの社会という線引きが曖昧な場合があり、合意形成は中々困難です。公共事業などでは不特定多数の人々が当事者になります。つまり、現代社会では利害関係が錯綜すると言われます。


 


 以下、ケース・スタディになります。まず、長良川河口堰の課題です。長良川は岐阜県中央部を南流し、三重県桑名市で伊勢湾に注ぎます。昔から治水の問題があったところです。


 


 その河口堰の工事について利害が対立する人たちの社会的合意形成に、桑子先生は哲学の力で妥協ではなく創造的な方向にまとめるという仕事をされています。そのためには、話し合いを公開する、議論の推移を常にまとめて関係者に周知する、ゴネる人を排除しない、本音ではなく建前で議論してもらう、少数意見を尊重する、議論や事柄の来歴を記録して明示する、男性中心にならないように女性を話し合いに参加してもらう、女性には必ずしも発言してもらわなくてもよい等の誠に細かなところまで配慮した活動をされています。同じようなことを関西の淀川水系についてもダムの問題を中心にまとめておられます。


 


 話題の中に宮崎の海岸から砂が流失した問題にも取り組まれていることも紹介されています。赤江海岸の消波堤とサーフィンの問題。また、延岡の五ヶ瀬川支流の北川に霞堤(かすみてい)があることも紹介されています。霞堤とは洪水があることを前提にして、川の堤防(土手)にところどころ切れ目をいれておくという治水のやり方です。こうしておくと、洪水の時に水があふれ出すところが分かっているので対応がしやすいという訳です。切れ目がなければ堤防の決壊場所が予測できないからです。


 


 合意形成の手順として、次のように考え抜いた手法を考えておられます。問題を生じた場合にまず考えねばならないのは話し合いの場とプロセスのデザインをどうするか、利害関係者の分析、つまり誰が利害関係者なのかをはっきりさせ、次に意見の理由、つまり、どういうことを心配しているのかを把握することから始めます。私が興味を持ったのは、桑子先生は利害という言葉を使わず、代わりに「関心あるいは懸念」という言葉を使われることです。つまり、意見の背後にある理由をはっきりしようという訳です。表面上の意見の対立を調整するのではなく、表に出ない対立構造を認識することが必要とのことです。理由の来歴も慎重に調べます。そしてゴールを決めずに合意形成を行う、順応的マネジメントadaptive managementが大切なのだそうです。なるほどと思いました。合意形成というのは裁判とは違って、ひとつの議案について勝ち負けを決めるのではなく、対立構造を失くすことだということです。そして、注意点として創造的な答えは物静かな少数派がもっているという説明も納得がいきます。


 


 最後に合意形成とは「選択肢をつくりだす作業に、どういう人たちがどういうふうに参加できるか、そのための場をどうデザインできるか」に尽きるとのことです。ディベートだけではなく、いい話し合いはどういう話し合いか、合意形成の方法論を学ぶとよいとのことです。


 


 原発の問題もあります。外交上の問題もあります。そういう大きい問題だけではなく、前述しましたように、私たちの日常的な生活や、仕事の上でも合意形成をして、前向きというか創造的な仕事をする方が望ましいことは多々あります。その時に、寛容の精神を持って合意形成を行って物事を進める方がどれほど賢いやり方か知れません。


 


 哲学者桑子先生のお考えと行動には感服致しました。教養とはこういうことなのだと改めて思い直しました。