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2017.01.25

リベラル・アーツか専門か?(4)

 今回はセンターの上田紀之先生と池上先生の対談です。前回と同様に池上先生が聞き役です。上田先生は文化人類学と宗教学が専門ですが、この対談ではほぼ全て宗教が話題になっています。対談全体を読んだ感想は宗教論というよりは日本人の精神構造論という印象です。宗教を文化人類学の立場で研究されている大変面白い内容です。


 


 最初に述べられているのは日本人の宗教です。「大多数の日本人は無宗教だと自分で言います。実際日本人は具体的な宗教に対する帰依の意識はない(自分は○○教を信じていますというようなことはない)。にもかかわらず、神様、仏様の視線はどこかに感じていて、神仏に対する畏怖の意識をきちんともっている。七五三では神社に行き、キリスト教の教会で結婚式を挙げ、死んだらお寺の世話になる。特定の宗教に対する信仰はなくても、神様を意識する宗教心のようなものはある。」ということです。


 


 もう一つの問題は「生活世界の植民地化」です。つまり、私たちの生活世界は、試験で点数を取らなきゃいけないとか、金を稼がなきゃいけないとか、効率化して短時間で最大限のアウトプットを得なきゃいけない、という近代社会の考え方の植民地になってしまっているというのです。大学受験生で言えば、受験勉強的な合理主義、つまり要領よく無駄なことをしないで試験で点数が取れる勉強をするということでしょう。


 


 上田先生は、日本社会はなぜ抑圧性が高いのか、言論の自由があるのにモノを言わないのか、周囲の目をこんなに気にしているのか、何故自殺率がこんなに高いのかというような「生きづらさ」をテーマにしたいと思ったということです。


 


 少し脱線しますが、この本が書かれたのは2年余り前です。その当時は自死数が全国で年3万人を超えていました。しかし、先日のニュースでは平成15年に大幅に減少したとのことです。減少の理由は種々の公的な対策を講じたからとのことです。3万人超だったのが、2万2千余人になったということですので、根本的な解決という訳ではなさそうです。


 


 上田先生が指摘したいのは、ドイツの社会学者ユルゲン・ハーバーマスが警告した「生活世界の植民地化」です。そこから抜け出す必要があるという考えです。


 


 少し分かり難いので、私が解釈しているハーバーマス警告の意味を述べます。


 


 現代社会では科学技術が個人の思想とは関係なく客観的に体系化されています。つまり、自分が、ある目的を達成しようとするときに、とろうとしている行動が科学的、技術的に目的達成上合理的で正当なものでなければならないと考えるようになっているのです。社会に何らかの制度を確立するときにも目的合理性に合致しているかどうかが問われます。すなわち、このような目的合理性が支配的な社会では、文化的な人間性が否定され、人間行動は目的合理性に適合的なように物象化されていくのではないかということなのです。物象化とは人間と人間との関係が、商品や金銭などの属性であるかのように扱われる事態です。


 


よい例えを思い出せないのですが、医者になりたいとは思っていないのに、勉強がよくできるから医学部に進学する。世間一般にもてはやされない(又は作品が売れない)画家は存在価値がないと決めつける。給与を沢山もらっているから優れていて価値のある人物である。所得の少ない人間は例え音楽やスポーツが得意であっても無価値な人間である。人に優しい人でも貧しければ無価値である。というような事態です。


 


 また、上田先生は次のようなことも言っています。高学歴の若者が「僕が僕の人生を生きている気がしない。誰か別の人の人生を生きさせられているような気がする」と言うというのです。


 


 上田先生が言われるには、日本から伝統的な宗教が存在感を失くした原因の一つは、村(ムラ)社会のような共同体に代わる、新しい強固な共同体が戦後、日本でスタンダードになったからだと。それは会社だと言われるのです。会社が神様仏様になったと。つまり、いったん会社に入ったら死ぬまで面倒をみてくれるからという訳です。しかし、バブル崩壊によって神様、仏様が会社にいなくなったらどうすればよいか。若者はよりどころを失っていきます。そういうことが、やがて宗教を求めていくようになるのではないかと言われるのです。また、超高齢化・少子化社会では子供の世話は減っても、親の世話は増えていくのではないか、それはお金だけが全てではないということを皆が体験することになるのではないかということです。そこに宗教が求められていく誘因があるという分析です。


 


 以上が上田先生と池上先生の対話の要旨ですが、最初に述べたように上田先生の研究は現代日本社会人の宗教に関連付けた精神構造論だと思いました。


 


 文化人類学、宗教学はリベラル・アーツの重要な分野です。これらの学問が社会分析上の教養としてこのように生きているのだという例示だと思いました。