創始者ブログ FOUNDER'S BLOG

2017.02.01

リベラル・アーツか専門か?(5)

 今回は東京工業大学名誉教授の生物学者本川達雄先生と池上先生との対話です。随分前に、歌を歌いながら講義をする大学の先生がテレビで紹介されたのを見たことがあり、面白い先生だと思いましたが、本川先生が正にその方でした。正直なところ、少しお調子者の先生かと失礼なことを思っていましたが、とんでもない、対談を読んで哲学的見識を備えた優れた生物学者であることを知り脱帽です。


 


 まず本川先生の言葉に対する考えです。曰く、人間は言葉の世界に生きている。考えるとは言葉で考えること。言葉をつらねて文をつくるのが考え。文のつらね方には2種類ある。ひとつは「イメージでつながっていく言葉」もうひとつは「論理でつながっていく言葉」。普通の会話は、両方のつながり方が入り交じっている。詩の言葉はイメージ中心。数学や物理は論理オンリー。私もかねがねからそう思っています。そして、言葉をうまく使えることが教養を身につけるということであるという考えは、本学の教育の趣旨そのものです。イメージと論理は言語学者ソシュールのいう「統合と連合」であるというのも尤もです。本川先生が言われるには、原発は論理でつくられたが原発が及ぼすリスクや危険や影響をイメージで伝える、つまり「恐れ」を伝えることが足りなかったのではないかと言われます。思うに、原発をつくった人たち全体の教養の問題です。


 


 もう一つ、本川先生は生物学者で、生物学について次のように考えています。文科系の学問は目的や価値を扱うのに対し、理系の学問は純粋に数式や物質の世界(ここでいう理系とは数学、物理学の世界を指しています)であって意味や価値を問わない。生物学は理系の学問で物質の世界ではあるが、目的や価値も出てくるから文系と理系をつなぐ学問である。なるほどと思います。本川先生の言いたいのは、生物学は教養であるということでしょう。


 


 それから、話は科学には価値がない、生き物には意味があるということに移っていきます。本川先生が言われるには、科学とは「メカニズム」を研究する学問で、こういう仕組みで、こうなっているというメカニズムを解明するのが科学であり、「なぜ、そうなっているのだろう」「なぜ、そんなものがあるのだろう、そんなものがあると、どうしていいのだろう」というような「存在の意味や価値を問わない」学問であると言われるのです。つまり、ニュートンがいなくても、法則が見つからなくても、リンゴは木から落ちます。重力の存在に、人間が意味づけすることはできないが、宗教では神の愛によって互いに引き合うという説明ができる。重力の説明ができるし、存在に意味を見つけることができ、価値も見いだせるというわけです。ただし、生物学は科学の中で唯一「価値」があり、「意味」を問う学問であるということです。換言すれば生物学は「生きものが生き続けている」意味や価値を考える学問であるから、科学と文系の学問の中間にある学問であるということです。もう一つの問題は物理学や化学は理論至上主義であるということです。理論は理想的な状態でしか成り立ちません。ところが、生物学では普遍化した理論至上主義だけでは成り立たないものです。同じイヌと言っても、みな顔つきが違うし、個性もあります。普遍化しようとすると仮想物としてのイヌにしかなりません。


 


 本学では生物学ではなく、生命科学という科目名でJames Furse先生が生物学を教えています。本川先生が言われるような生物学の教育は本学では創設以来ずっと実行しているのです。


 


 ところで、科学の論理や数式は厳密ですから、科学とは厳密なものだという誤解があります。本当は現実を上手に近似することによって成り立っています。


 


 私(大坪)は海の中で音波がどのように伝わっていくか(音波伝搬)を長年研究していました。理論を考えるときに、例えば海面の境界条件をどのように近似するかということは大きな問題です。初歩的な理論では鏡のような面という近似をします。海底は厄介です。砂、泥、岩という近似はある程度できますが、実際は砂に岩がごろごろと交じっていたり、海底の組成が水平方向や垂直方向に変化している場合はお手上げになってしまいます。音源も大きさや方向性のあるものは近似が難しくなります。それでも何とかして現実に近い状態を近似(モデリングと言います)して理論を構築するのです。厳密とは表向きで、どんぶり勘定になることはしばしばあります。科学者はそれを承知でいなければならないのです。どんぶり勘定で世界をみたてる上手なイメージの湧かせ方も訓練する必要があると本川先生も述べています。それが教養のあるアプローチということでしょう。


 


 このほかにも、本川先生は生物の個体の大きさによるエネルギー消費の変化について面白いことを言っておられます。「生物の個体のエネルギー消費は体重の3/4乗に比例」するという法則があるそうです。鼠と象のエネルギー消費を考えると、象のエネルギー消費は思ったより大きくないとのことです。何故かは分からないそうです。こうしてみると、生命体を扱う生物学は単純な理論では説明がつかないことが多そうです。


 


 最後に教育についての本川先生の考えを次のようにまとめられました。


 


 教育で一番大切なことは、物が今ほどなくてもみじめだと感じない人間、物ではない豊かさを創造できる学生をつくること。それが大学の大きなミッションになるのではないということです。


 


 私もそのように思いますが、学生には将来、人類の幸せに積極的に関わっていく教養を持った人になってもらいたいと思っています。