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2018.08.28

英語教育改革(その1)

 平成30年8月8日付日本経済新聞25面に英語教育改革のことが大きく取り上げられていました。取材されているのは東大教授斎藤兆史(さいとうよしふみ)氏ですが、関連記事として“鳥飼玖美子著「英語教育の危機」大学生の英語力が低下”が囲み記事として取り上げられています。なぜこの課題が取り上げられるのか興味があります。まず、斎藤先生に関する記事について述べ、鳥飼先生の記事については次回に述べます。

新聞社が斎藤先生に取材したのは次のようです。

 大学の国際競争力を高めてグローバル人材の育成を急ぐため、英語のみの講義や単位取得の取り組みが広がっている。大学入学試験に民間の英語検定試験を利用する。英語のみの講義や単位取得を可能にする。中学校や高校でも「英語による英語教育」つまり英語を英語で教えるという大きな動きがある。このような動きが英語力の飛躍的な伸びにつながっているのか、落とし穴はないのかという取材です。

 斎藤先生の答えはこうです。学部レベルで日本文化について教えているが、外国人学生には大変人気があるけれども、日本人学生の英語力向上にはほとんど影響はない、なぜならコース自体が分かれているからである。(日本人学生はこの講義は受講しないということらしい) 国際競争力という点でも、東大の学問レベルに見合った外国人が来ているかという問題があり、日本語で行ってきた学問と同じレベルでの英語での講義はできない。また、英語で講義といっても教員によって英語力に差がある。中学校や高校では英語で英語を学ぶのは聞こえは良いが、先生方がみな見事な英語を話し、生徒が全部理解して英語力が急に伸びるということはあり得ない。読み書きの力もがたがたになっている。東大はまだよいが他大学の先生に聞くと非常に困っているということである。大学での学問の基礎は、きちんと読めて考えることであるが、中高で基礎となる文法や読み書きの力をつけてくれない。これまでは大学側も中高で基礎力をつけてくれれば、あとは大学で伸ばすというということであったのが崩れてきた。会話は重要であるが正しい英語を話すことが大事なのだ。基礎もできないうちからいい加減な英語を話すなんてダメです。

 というお答えです。いくつかの点で斎藤先生の考えには反論があります。第1に取り上げたいのは、大学での教育は知識を教えるものという前提で考えられている点です。斎藤先生の考えは、東大でレベルの高い知識を十分な理解力を備えたレベルの高い学生に、流ちょうな英語で教えることが望ましい姿であるという考えに始まっているように思えます。そのようなことは、英語圏(東大は英語圏にはない)の超一流大学にしか求められない教育環境ではないでしょうか。もう一つの問題は知識の伝授ということです。平たく言えば、大学は知識を教えるところであるという考えだということです。しかしながら、大学は知識を学ぶところ、つまり学生にとっては、教えられるところではなく、学び取るところだと言われて久しくなります。そうです、学生は取り上げた課題について、教員を中心にして仲間と議論して問題点を理解していくというのが本来の姿ではないでしょうか。

 第2は英語で学ぶという点です。英語で学ぶためにはもちろんリーダーになる教員に十分な知識と英語力が必要です。この際、最も先生としてふさわしいのは英語を母語とする外国人教員です。あるいは外国人教員と同等の英語力を備えた日本人あるいは英語ネイティブ並みの英語力をもっている外国人教員(意外と大勢おられます)であってもよいのです。学生の英語力を求める前に十分な英語力を備えた教員を配置するのが先決課題です。

 英語教育に限らず、上位の学校ではいつも下位の学校の教育の足りなさに対する不満が述べられがちです。英語についていえば、大学では高校英語教育の不備、つまり文法力や読解力などの基礎力の不足、高校でも中学校の英語教育の不足に対する不満が述べられるかもしれません。小学校で英語教育が始められれば同じことが起こる可能性があります。これらは言いっこなしにしなければきりがありません。責任はそれぞれのところで取らねばならないのです。

 本学、国際教養学部の教育は度々述べてきましたように、英語で国際的リベラル・アーツをクリティカル・シンキングに基づいてアクティブ・ラーニングによって学びます。リベラル・アーツ教育の本来の趣旨から広範な学問分野を学ぶということにもよりますが、東大でのようなハイレベルの知識まで習得するのは困難であることは認めます。しかし、本学で学んだことで入学時には本人も予想もしていなかった自分を見いだして活躍している卒業生達がいます。海外の大学院で博士号を取得し、海外の大学の教員になっている人。貴重な例では、例えばアメリカで自閉症の青少年の教育保護施設で指導的立場になっている人、自らの障害を克服して海外の介護施設で働く卒業生等がいて、日常的に英語を駆使して国際社会の中核を支えています。

 前述のように、我が宮崎国際大学は英語で国際的リベラル・アーツをクリティカル・シンキングに基づいたアクティブ・ラーニングによって学ぶ教育法を採用し、大学開設以来20数年にわたって教育法の改善・開発に取り組み、最近では文部科学省の補助金を得て教育成果の可視化にも取り組んでいるのです。