創始者ブログ

相談役 大坪久泰

相談役
大坪 久泰

相談役メッセージ

創始者ブログ「日本語再考」

2017.07.10

 ブログや手紙を書いていると、何時も思うのですが、要を得て達意の文章が書けたら、どんなに素晴らしいかと思います。谷崎潤一郎は人の記憶に残る様な文章を書くように心がけなさいと「文章読本 完」中公文庫571に述べています。達意とは英語でどういうかを調べると、lucidやclearという単語が出てきます。これらは分かり易いという意味ですから、何となく物足りないと思っていましたら、intelligibleという訳を辞書で見つけました。これならば、知性を伝えるニュアンスを感じますので納得です。

 

 人の記憶に残る様な文章をと言われても、わが能力を考えると困ってしまいますが、せめて知的な文章を書きたいものだと願うのみです。

 

 ところで、以前、このブログに谷崎潤一郎が日本語は英語などに比べて語彙が少ないと述べていることを紹介しました。その出典は前出の「文章読本 完」です。谷崎はこの著書の中で日本語の語彙が少ないのは日本人の国民性によるもので日本語がおしゃべりに適さないように発達したのだと断じています。言い換えると中国語や英語はおしゃべり言語だという訳です。具体例がいくつか挙げてあります。なるほどと思います。

 

 ところが、金田一春彦著「ホンモノの日本語」角川ソフィア文庫E107 1を読むと谷崎の主張とは大違いです。金田一によると日本語は表現内容が豊富だということです。例えば中国には「雨」という単語はあっても日本語のように「はるさめ」「ゆうだち」「しぐれ」というような美しい言葉はないとのことです。「湯上り」という言葉には風呂から上がって外の景色を見ながら寛いでいるニュアンスがあるが、英語では風呂の後after bathという味気ない表現しかないと言います。「ホンモノの日本語」は軽妙な内容で痛快な読み物ですが、学問的な内容は「日本語 新版上下」岩波新書2に詳しく述べてあります。

 

 日本語に対する見方が大御所の谷崎潤一郎と金田一春彦のお二人で大きく違っているので大変興味深く読みました。お二人が生きた時代は谷崎が若干先輩です。谷崎は小説家で金田一は言語学者です。日本語をよく研究されているのは当然でしょうが、お二人とも英語や漢語に堪能なのには驚きました。

 

 本学は言語教育を大切にしている大学です。巣立っていく学生が日本語であろうと英語であろうと、優れた文章が書けるようになればよいと心から願っています。